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[2002年9月5日 (VOL.35 NO.36) p.48]
特別企画
第54回日本産科婦人科学会総会・学術講演会ランチョンセミナー(2002.4. 8/東京国際フォーラム)
座長:浜松医科大学産科婦人科学教室 助教授 小林隆夫先生
産婦人科領域における血栓性素因
〜DIC・抗リン脂質抗体症候群を中心に〜
金沢大学医学部附属病院 高密度無菌治療部 助教授 朝倉英策 先生
前置胎盤や常位胎盤早期剥離などの産婦人科疾患では播種性血管内凝固症候群(disseminated intravascular coagulation;DIC)の発症率が高く,死亡率も高い。また,抗リン脂質抗体症候群(antiphospholipid syndrome;APS)では,臨床症状として血栓症や習慣流産,不育症などの重大な妊娠合併症を認める。
産婦人科疾患に関連するDICおよびAPSの病態について,現時点における検査,診断および治療上の問題点を整理するとともに,今後の治療の方向性を示唆した。特に産婦人科領域における血栓性素因を中心とした病態を正確に解析し,それに基づく適切な治療法を確立することが望まれる。
■DICの病態解析
播種性血管内凝固症候群(DIC)では,基礎疾患の存在,持続性の極端な凝固活性化,線溶活性化,消費性凝固障害が認められ,進行例では出血症状,臓器障害が認められる。
平成10年度のDICに関する全国疫学調査1)の結果では,DICの死亡率は約60%(6科総合の平均)ときわめて高い。DICを生じやすい疾患の発症頻度をみると,急性前骨髄球性白血病(APL)が最も高頻度で,以下,劇症肝炎,前置胎盤,常位胎盤早期剥離,急性骨髄性白血病(AML),敗血症,急性リンパ性白血病(ALL),慢性骨髄性白血病(CML)と続いており,産科2疾患でのDICの高頻度発症が注目される。産婦人科領域においてDICを生じやすい疾患は前置胎盤(約40%),常位胎盤早期剥離(40%弱)の他,弛緩性出血,敗血症であり,各々の病態解析とそれに応じた治療法の確立が急務である(図1)。
■DICにおける凝固活性化と 線溶活性化
DICの本態は血管内での極端な凝固活性化状態である。トロンビン−アンチトロンビン複合体(thrombin-antithrombin complex;TAT)は血中トロンビン産生量(凝固活性化の程度)を反映し,TATの上昇はすべてのDIC症例に認められる。一方,線溶活性化の指標であるプラスミン-α2プラスミンインヒビター複合体(plasmin-α2plasmin inhibitor complex;PIC)は血中プラスミン産生量(線溶活性化の程度)を反映するが,その動態は基礎疾患によって異なる。血中のTAT,PIC双方の指標を測定することにより,DICにおける凝固/線溶活性化バランスの評価が可能となる。
どのような痛みを引き起こし、目の引き裂く
APL,急性白血病(AL),固形癌,敗血症などの基礎疾患を有するDICの血中TAT,PICの動態を観察すると,すべての症例でTATの上昇が認められたが,PIC濃度は基礎疾患によって差が生じた(図2)。その理由として,線溶系カスケードにおける組織プラスミノゲンアクチベーター(t-PA)のインヒビターであるプラスミノゲンアクチベーターインヒビター(PAI)の動態の違いが指摘されている。APLのDICではactive PAIは正常値との差がほとんどないが,敗血症のDICでは著増が認められる。このように,線溶活性化はさまざまであることから,DICの病型は線溶活性化が軽度な凝固優位型DICと,線溶活性化が著明な線溶優位型DICに分類される(表1上)。
■ラットDICモデルにおける病態の検討
従来,DICの研究ではTF(組織因子)およびLPS誘発によるラットDICモデルが区別されることなく繁用されてきた。我々は,臨床におけるDIC症例に多様性が認められるように,両DICモデルの病像にも差を認め得ると推測し,両DICモデルの血液凝固学的指標あるいは臓器障害の種々の指標の推移から,血栓形成や臓器障害の程度について検討した。
LPS-DICモデルでは腎,肝の各臓器障害の指標であるクレアチニン(Cr),アラニン・アミノ転移酵素(ALT)が双方とも高値であることから,臓器症状は重度で,Dダイマーの軽度上昇, PAIの著明な上昇,エンドセリン(ET)の著増とNOX(NO代謝産物)の中等度上昇による微小循環障害,血栓の高度発現が認められた。
一方,TF-DICモデルでは臓器症状は軽度で,Dダイマーの上昇,PAIの軽度上昇, ETの微増とNOXの著増による良好な微小循環の維持,血栓の軽度発現が認められ,対照的な結果が得られた。各種指標は,LPS-DICモデルでは凝固優位型DICに,TF-DICモデルでは線溶優位型DICに各々類似した動態を示した(表1下)。
治療に関しては,LPS-DICモデルのTATはall trans retinoic acid(ATRA)や活性型ビタミンD3(VD3),低分子ヘパリン投与により低下し,臓器障害の軽減が推測されたが,TF-DICモデルのTATに対するATRAおよびVD3投与は無効であり,低分子ヘパリンでは著明な低下効果が認められた。このような同薬剤による効果の相違はDICの病態に起因すると考えられ,その観点からもDICの病態解析や新たな治療法の研究は病態間の差を明確に区別した状態で検討されることが重要と考える。
■DICに対する抗線溶療法の是非
"関節リウマチにおける関節痛の原因"
重度の出血が随伴するDICに対する抗線溶療法は,出血傾向を軽減する効果が認められる。
TF-DICモデルに対するトラネキサム酸(TA),低分子ヘパリン (LMWH)投与により血尿は著明に抑制された。しかし,一方で腎糸球体のフィブリン沈着の上昇が認められ,腎障害の発現が推測された。TF-DICモデルはCr,ALTの双方とも低値であり,腎,肝の障害は軽度であるが,TA投与により両指標ともLPS-DICモデルと同等に上昇し,臓器障害の悪化が懸念された。
臨床的にも,多臓器障害(MOF)が認められないDIC症例ではPICとTAT両者間に有意な正の相関が認められ,凝固活性化に伴う線溶活性化は明らかである。しかし,多臓器障害症例では凝固活性化は認められるものの線溶活性化は認められないことから,多臓器障害の有無と線溶動態は密接に関連していると考えられた(図3)。
現在,FDPはDIC診断における重要な指標と考えられており,FDP高値のDICを重症とする見方が強い。しかし,DIC症例における血液凝固学的指標の推移を検討した結果から,多臓器障害はFDP高値症例では認めな いが,FDP低値症例では発現し,FDP値と臓器障害間に相関関係がないことは明らかである(図4)。FDP高値は著明な線溶活性化の証拠であり,臓器障害は少なく,予後良好の指標と考えられる一方,FDP低値は脆弱な線溶活性化を反映し,臓器障害は重度で,予後不良の指標と考えられた。
■産科DICの凝血学的特徴とDICの病態
中林らは産科DICの血液凝固学的特徴として,
- 血清FDPが著明に高値を示す症例が多いこと,
- 定型的なDICにも関わらず血小板数が意外に低下しない症例が多いこと,
- フィブリノゲンの激減した症例が多いこと,
- フィブリノゲンの激減を反映して,プロトロンビン時間が著明に延長する症例が多いこと
1)中川雅夫:本邦における播種性血管内凝固症候群(DIC)の発症頻度・原疾患に関する調査報告。厚生省特定疾患 血液凝固異常症分析会 平成10年度研究業務報告書:57-64,1999。
●抗リン脂質抗体症候群 |
■抗リン脂質抗体症候群の診断と新たな治療
血栓の発現が密接に関与する病態として抗リン脂質抗体症候群(APS)があげられる。APSは抗リン脂質抗体の出現が血栓症や習慣性流産,血小板減少症などを合併している状態であり,診断基準として血栓症,習慣性流産,不育症などの臨床症状があげられる。検査所見としては抗カルジオリピン抗体(抗CL;特にβ2GPI依存性のもの)とループスアンチコアグラント(lupus anticoagulamt;LA)の一方,もしくは双方の陽性を要する。
■抗リン脂質抗体症候群の診断基準と検査所見
足の痛み
APSの診断基準(Sapporo- Criteria, 1988)では,血栓症は表在性静脈血栓症を除いて画像診断もしくはドップラー検査または病理学的検査により確認されたものとされ,妊娠合併症は,1)妊娠10週以降で原因不明の子宮内胎児死亡(正常形態胎児), 2)妊娠34週以前で,重症妊娠中毒症,子癇,胎盤機能不全による早産(正常形態胎児), 3)妊娠10週以前で3回以上連続した原因不明の習慣性流産 としている。検査所見は,中等度以上の力価のIgG型またはIgM型の抗CL,Aの一方もしくは双方が6週間以上の間隔を空けて2回以上検出されることとされ,出現の再現性を確認する必要がある。
LA陽性の診断基準は,リン脂質依存性凝固反応(APTT,カオリン凝固時間,希釈ラッセル蛇毒時間など)の延長がみられる,混合試験で凝固時間の延長が是正されない,高濃度のリン脂質の添加により凝固時間の延長が是正される,他の凝固異常(第4因子インヒビターなど)が除外できるなど,複数の定性的指標を用いた総合的診断が必要である。
■抗リン脂質抗体症候群の疫学調査
APSは基礎疾患を有しない原発性抗リン脂質抗体症候群(PAPS)と,基礎疾患を有する二次性抗リン脂質抗体症候群(SAPS)に分類される。平成10年度のAPSに関する全国疫学調査では,SAPSの基礎疾患としてはSLEの頻度が78%と突出している。症例数はPAPSが44.4%,SAPSが55.6%,年齢は7〜97歳までと幅広い分布がみられ,男女比は女性が全体の85.8%と高頻度である。動脈血栓症は45.4%,静脈血栓症は32.6%で,習慣性流産および子宮内胎児死亡は38.5%,その うち53.5%がPAPSである(表2)。
血栓症の発症部位は動静脈ともほぼすべての血管で,動脈血栓症では脳梗塞が約50%と高頻度であり,静脈血栓症では四肢の深部静脈血栓症が約50%,血栓性静脈炎が約20%,肺梗塞および肺塞栓が約30%である。
従来,APSでは梅毒反応偽陽性,血小板数減少,APTT延長,抗核抗体陽性が特徴的所見と考えられていた。しかし,疫学調査では梅毒反応が偽陽性でない症例,血小板数が減少してい ない症例などが多数認められ, APTTの延長も全症例の約半数にのみ認められたことから,これらを指標としたスクリーニングの意義は乏しく,APSが疑われる場合は他の検査の結果の如何に関わらず抗CLおよびLAの検査が不可欠である。
■抗リン脂質抗体症候群の治療
APSの治療についてKhamashtaらは,ワーファリンINR3以上によるコントロールを提唱した。しかし,我が国の疫学調査ではワーファリン使用例は30%程度であり,アスピリン少量投与が約60%と多い。ワーファリン療法(INR>3)では約2割の症例に出血の合併症が認められることから,動脈血栓症と静脈血栓症を明確に区別して検討する必要があり,各々に有効な薬剤の使用が望まれる。
APSにおける習慣性流産に対する対処法として現在,アスピリン,ヘパリンの皮下注があり,ワーファリンは催奇性の有害事象から使用できない。アスピリン40〜100mg/日の少量投与,ヘパリン皮下注5,000単位×2回/日の治療が行われているが,アスピリン単独で42%,アスピリン,ヘパリン併用で71%と成功率は必ずしも高くない。ヘパリン皮下注の半減期は短く,1日2回投与でも効果は1日に10時間程度と十分とはいえない。1日2回の皮下注は苦痛を伴うことからも,ヘパリン皮下注に替わる1日1回投与で効果が期待できる治療法が求められる。
■まとめ
ー新たなAPS治療へ向けてー
低分子ヘパリン,ヘパリン,オルガランの静注について抗Xa活性による半減期を検討した成績では,半減期がやや長いとされる低分子ヘパリンでも2時間程度で,オルガランの27.7時間と有意差が認められた。オルガランは1日1回投与で有効であり,抗凝固活性が長時間持続する。オルガラン皮下注は半減期が長く,治療による患者の苦痛を解消し,効果が長時間持続する治療薬として大いに期待される(図5)。
質疑応答総合母子保健センター 愛育病院 中林 正雄 先生常位胎盤早期剥離を基礎疾患とするDICは組織因子(TF)誘導型DICと考えられますが,前置胎盤に随伴するDICは,我々の臨床経験では大量出血と低酸素血症による ショックに続いて生じることから,その対応が遅れた場合などに発現するDICと推測され,病態が異なると思います。また,産科領域のDICとしては,一部に絨毛羊膜炎によるLPS誘導型のDICもありますが,全体としては,早期胎盤剥離や羊水流入性後産期出血多量など,組織因子型のDICが多いと思います。妊娠中のPAI-1(plasminogen activator inhibitor-1)は妊娠後半から増加し,線溶系が抑制されるはずですが,産科領域では線溶亢進型のDICが多いのはなぜでしょうか。 朝倉 先生 実際にPAI-1の動態だけでは説明できない凝固・線溶メカニズムが関与している可能性があります。また,TF誘導型DICの動物モデルでみられる高度な線溶活性化のメカニズムは不明です。 東海大学医学部母子生育学系産婦人科学部門 杉 俊隆 先生 習慣流産に対するヘパリン療法については,通常の流産の割合が 15-20%程度であることを考えると,70-80%の成功率は満足できる数字と思われます。また我々の施設では,1回0.2mLのヘパリンを皮下投与するだけなので,実際に患者さんから苦痛だという声はほとんど聞いていません。確かにヘパリンは半減期が短く1日2回投与しなければならないという点はデメリットですが,オルガランや低分子ヘパリンと異なり,プロタミンによる中和が有効という事も合わせると,緊急帝王切開や大出血を起こした時には対処しやすいというメリットもあります。また,オルガランの妊娠中長期投与に関する有用性と安全性に関するエビデンスは今のところないと思います。 朝倉 先生 抗Xaの選択性が高い薬剤は,出血のリスクが低いというメリット もありますが,ご指摘のデメリットもありますので,投与に際してはもちろん慎重であるべきだと考 えています。 |
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